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「夜行」考察 謎その一 第一夜と最終夜だけでよくない?

 だいぶ前に買って少しづつ読み進めていた森見登美彦さんの「夜行」という作品をようやく読み終えました。

 

 「夜」というのがこの作品の中で重要なワードとなっているのですが、この作品を通しての印象も「夜」という言葉が相応しい作品だと感じました。この作品の不気味さや謎めいた雰囲気をうまく表していると思います。

 

簡単なあらすじ

 ある英会話スクールの仲間たち六人が鞍馬の火祭りに出かけた。仲間の一人だった長谷川さんという女性がその夜に失踪した。

 10年後、長谷川さんを除く生徒たちは大橋の呼びかけで再び集まり鞍馬の火祭りに行くこととなる。

 彼らは火祭りに行く前に一度宿に寄ったのだが、そこで大橋は「岸田道生」という画家の展示を見た話をする。不思議なことに他の生徒も「岸田道生」の作品を見たことがあり、またその全員が彼の作品を見た後に奇妙な体験をしていた。彼らはそれぞれ、尾道奥飛騨津軽天竜峡といった旅先での奇妙な思い出を語る。

 

 

※この先ネタバレあり

 

 

 この作品の中で最終的な結末や長谷川さん失踪の真実について詳しくは描かれていない。その理由についてはこの本に差し込まれている『森見新聞』から読み取れる。『森見新聞』の中で、著者・森見登美彦は次のように記している。 

 「実際に語られている内容は氷山の一角であり、物語の多くの部分は闇の中に隠されています。本当は何が起こったのかー読者それぞれに想像を膨らまして頂ければ幸いです。」

 つまり、この作品の数々の謎については読者に委ねられているということだ。それらの謎について考察していきたい。

 

謎その1 第二夜、第三夜、第四夜は必要ない?

 この作品を読み終えた後、多くの違和感が残った。謎が明かされないことに対する歯痒さもその違和感の一つなのだが、それよりも強い違和感を感じたのは第一夜の奥飛騨、第二夜の津軽、第三夜の天竜峡での出来事が物語全体を通してそれほど重要ではなかったということだ。分かりやすく極端に言ってしまうと、第一夜の尾道と最終夜の鞍馬だけでこの物語は語れてしまうということだ。それにもかかわらず、なぜ奥飛騨津軽天竜峡での物語が描かれてるのか。もう一度、『森見新聞』での著者の記述を確認してみよう。その中で彼は、「実際に語られている内容は氷山の一角」であると語っている。つまり、第二夜、第三夜、第四夜は『夜行』の大筋に深く関わってはいないが、それらを描くことによって『夜行』の物語が氷山の一角であることを表現しようとしているのかもしれない。